PBAツアー通算8勝のジェイコブ・バターフさんが32歳で急逝
独創的な投球フォームで世界を魅了

プロボウリング界に広がる突然の悲しみ

米国のプロボウラー、ジェイコブ・バターフさんが7月31日(金)、32歳で急逝した。突然の訃報を受け、PBA(全米プロボウラーズ協会)の関係者や現役選手、世界各地のファンから悲しみと追悼の声が相次いでいる。

バターフさんはPBAツアーで通算8勝を挙げ、2019年にはメジャー大会のUSBCマスターズを制覇したトップボウラーだった。ひと目で本人と分かる独創的な投球フォームと、爆発的にストライクを重ねる競技スタイルで知られ、PBAを代表する個性派選手として多くのファンを魅了した。

一方で、ツアー仲間からは、親切で礼儀正しく、誰に対しても温かく接する人物として慕われていた。競技者としての実績だけでなく、その人柄を惜しむ声が数多く寄せられている。

なお、亡くなった経緯などの詳細は明らかにされていない。

 

唯一無二のスタイルで築いた輝かしいキャリア

2016年に本格的なブレーク

バターフさんがPBAの舞台で大きく飛躍したのは、2016年シーズンだった。

この年、PBAツアーで初優勝を含む2勝を挙げ、一躍トップ選手の仲間入りを果たした。同時にPBAリージョナルツアーでも圧倒的な成績を残し、当時の記録となる年間9勝を達成。ウエスト地区とノースウエスト地区の両方で年間最優秀選手に選ばれた。

その後も地域大会で安定した強さを発揮し、PBAリージョナルツアーでの通算優勝回数は27回に到達。ノースウエスト地区では2017年、2018年にも年間最優秀選手に選出され、長期にわたって高い競技力を維持した。

バターフさんの最大の特徴は、一般的なボウラーとは大きく異なる投球フォームにあった。独特の助走や体の使い方、強烈な回転を生み出すリリースは、観客に強い印象を残した。

しかし、そのフォームは単に珍しいだけのものではない。高い再現性とストライク能力を兼ね備えた、勝利のために磨き上げられた技術だった。独自のスタイルを貫きながら結果を残し続けた姿は、多くのボウラーに強い影響を与えた。

 

2019年USBCマスターズでメジャー初制覇

キャリア最大のハイライトとなったのが、2019年のUSBCマスターズ優勝だった。

USBCマスターズは、PBAツアーにおける主要メジャー大会の一つである。バターフさんはこの大会を制し、自身初となるメジャータイトルを獲得した。

同年のPBAツアーでは年間3勝を記録。PBA世界選手権でも決勝に進出し、ジェイソン・ベルモンテさんに敗れたものの、準優勝を果たした。

さらに、シーズンの獲得ポイントと賞金ランキングでもベルモンテさんに次ぐ2位となり、クリス・シェンケルPBA年間最優秀選手の投票でも次点に入った。

2019年は、バターフさんが世界最高峰の舞台で年間を通して安定した強さを発揮し、名実ともにトッププレーヤーとしての地位を確立したシーズンだった。

 

米国代表として世界の舞台でも活躍

バターフさんは、米国代表チーム「チームUSA」のメンバーにも7度選出された。

2017年には、各国の代表選手が競うQubicaAMFボウリングワールドカップで優勝。個人戦だけでなく団体戦でも力を発揮し、チームUSAによる複数の金メダル、銀メダル獲得に貢献した。

2020年のPBAツアーファイナルでは、テレビ中継された試合でパーフェクトゲームを達成。PBA史上28回目となる、テレビ中継での300ゲームを記録した。

12投すべてをストライクにするパーフェクトゲームは、ボウラーにとって最高峰の記録の一つである。大きな重圧がかかるテレビ中継の舞台で達成したことは、バターフさんの技術力と精神力の高さを物語っている。

 

PBAコミッショナーが功績と人柄を称賛

PBAコミッショナーのトム・クラーク氏は、バターフさんについて、「PBA史上、最もユニークな選手の一人だった」と振り返った。

ファンはその個性的な投球フォームに驚き、次々とストライクを重ねながらトップ選手へ成長していく姿に魅了されたという。さらに、どの大会でも、いつでも優勝できる可能性を持った選手だったと、その競技力を高く評価した。

クラーク氏は人柄についても、「親切で、礼儀正しく、そしてチャンピオンだった」と称賛。「彼が忘れられることはない」と述べ、バターフさんと関わったすべての人々に哀悼の意を示した。

 

ツアー仲間から相次ぐ追悼メッセージ

訃報が伝えられると、多くのPBAツアー選手がSNSを通じて、バターフさんへの思いをつづった。

PBAを代表する選手の一人であるEJ・タケットさんは、「こんなことになるはずではなかった」と、深い悲しみを表明した。

また、バターフさんについて、困っている人がいれば自分のシャツさえ差し出すような人物であり、その優しさを何度も行動で示していたと振り返った。ボウリング界は大切な存在を失い、以前と同じではいられないと述べ、親しい友人との別れを惜しんだ。

AJ・ジョンソンさんも、言葉が見つからないほどの悲しみを明かした。バターフさんは大きな心を持ち、いつも周囲の人々を笑わせてくれる存在だったとして、「これからも愛され、記憶され続ける」と追悼した。

長年にわたり世界のトップを争ったジェイソン・ベルモンテさんも、「PBAは最も親切な仲間の一人を失った」と投稿した。

競技では激しく優勝を争うライバルでありながら、ツアーを離れれば互いを尊敬する仲間だったことが、それぞれの追悼メッセージから伝わってくる。

 

記録だけでは語れない、愛されたチャンピオン

ジェイコブ・バターフさんはアリゾナ州で生まれ育ち、その後はラスベガスやニューヨーク州ビンガムトンでも生活した。

PBAツアー通算8勝、PBAリージョナルツアー通算27勝、USBCマスターズ制覇、テレビ中継でのパーフェクトゲーム、そして7度にわたる米国代表選出。その競技人生には、トップボウラーとしての輝かしい実績が刻まれている。

しかし、仲間たちの言葉から浮かび上がるのは、タイトルや記録だけでは語ることのできない人物像だ。

困っている人に手を差し伸べ、周囲を笑わせ、仲間を大切にする。競技では強烈な存在感を放ちながら、日常では優しさと温かさを持って人々に接していた。

独創的な投球フォームでストライクを重ね、世界中のボウリングファンを魅了したバターフさん。その功績と人柄は、記録とともに、彼と出会った多くの人々の心に残り続けるだろう。

32歳という若さでの突然の別れに、プロボウリング界は深い悲しみに包まれている。