EJタケットが支配した2025年PBAツアー
歴史的独走と新世代の台頭が交差した一年

 

記事に入る前に、音声による要点解説をお聞きいただくと、内容が一段と理解しやすくなります。

要点音声解説

本要点音声解説は、「OneHandedBowling」掲載の動画内容をGemini Notebook を用いて生成したものです。

2025年のPBAは、間違いなく「EJタケットのシーズン」だった

2025年のPBAツアーを振り返るとき、真っ先に名前を挙げなければならない選手がいる。

EJタケットだ。

年間最多となる4タイトルを獲得し、そのうち2つはメジャー大会。PBAワールドチャンピオンシップでは3連覇を達成し、さらに3年連続となるPBA Player of the Yearを受賞した。

タイトル数、獲得ポイント、賞金、平均スコア、テレビ決勝への進出回数。どの数字を見ても、2025年のタケットは他の選手とは明らかに違う領域にいた。

しかも、このシーズンの価値は「4勝した」という結果だけでは説明できない。

USオープンでは予選途中の78位という絶望的な位置から大逆転。World Series of Bowling(WSOB)ではすべてのテレビ決勝に進出し、年間を通じて驚異的な安定感を維持した。

「大会を見れば、最後までEJタケットが残っている」

そんな状況が何度も繰り返された一年だった。

しかし、2025年が特別だった理由は、タケットの圧倒的な強さだけではない。

2018年の年間最優秀選手アンドリュー・アンダーソンが復活し、20歳のイーサン・フィオレがメジャーチャンピオンとして鮮烈な登場を果たした。さらに、マレーシアやシンガポールをはじめとする海外勢から新しいPBA王者が誕生し、長年PBAの頂点に立ってきたジェイソン・ベルモンテとタケットの力関係にも大きな変化が見えた。

王者の支配、ライバルの復活、新世代の台頭、国際化、そして世代交代。

2025年は、現在のPBAを象徴するさまざまな物語が一つのシーズンに凝縮された、極めて印象深い一年だった。


EJタケットが作り上げた歴史的シーズン

年間4勝、メジャー2勝。数字だけでも圧倒的だった

2025年シーズンのタケットは、開幕からシーズン終了までPBAツアーの中心に居続けた。

年間獲得タイトルはツアー最多の4勝

次点となる選手の年間2勝に対して倍の勝利数を記録しており、この数字だけでもタケットがどれほど抜けた存在だったのかが分かる。

さらに重要なのは、その4勝の中にUSオープンとPBAワールドチャンピオンシップという2つのメジャータイトルが含まれていることだ。

PBAツアーで年間複数勝を挙げるだけでも簡単ではない。ましてや、最高レベルの実力と精神力が要求されるメジャー大会を同じシーズンに2度制することは、それだけで歴史的な実績と言える。

年間ポイントでも、タケットの独走ぶりは際立った。

シーズンを通じて3万4000ポイント以上を獲得。一方、2位のアンドリュー・アンダーソンは約1万8000ポイントだった。

つまりタケットは、年間ランキング2位の選手に対してほぼ2倍のポイントを積み上げたことになる。

獲得賞金も43万ドル以上に達し、年間アベレージは228.6

タイトル数だけではなく、賞金、ポイント、平均スコアといった主要な指標でも圧倒的な数字を残した。

2025年のタケットは、「数大会だけ爆発的に強かった選手」ではない。

予選からマッチプレー、そしてテレビ決勝まで、シーズンを通して高いパフォーマンスを維持し続けた。

勝つ力と、負けない力。その両方を極めて高いレベルで備えていたことこそ、2025年のタケット最大の強みだった。

 

7大会連続の決勝テレビラウンド進出が示した異常な安定感

タケットの支配力をさらに分かりやすく示しているのが、テレビ決勝への連続進出記録だ。

2025年、タケットはシングルイベントで7大会連続となる決勝テレビラウンド進出を記録した。

さらに、その期間中には実際のテレビ放送へ6回連続で出演している。

一つの大会で優勝することと、何大会も連続して優勝争いに加わり続けることは、まったく異なる難しさがある。

PBAでは大会によってオイルパターンが異なり、レーンコンディションも刻々と変化する。ボール選択、ライン取り、レーン移動への対応、試合途中での修正力など、要求される能力は毎週変わる。

つまり、あるコンディションだけを得意としていても年間を通じて勝ち続けることはできない。

その状況でタケットは、毎週のように最終局面まで勝ち残った。

テレビ中継を見れば、またタケットがいる。

翌週も、またタケットがいる。

さらに次の大会でも、優勝争いの中にタケットがいる。

こうした光景が繰り返されたことこそ、単純な「年間4勝」という数字以上に、2025年の圧倒的な支配力を物語っている。

本当に恐ろしいのは、タケットが勝ったことではなく、「勝ちそうな位置に毎回いた」ことだった。

 

78位から頂点へ。USオープンで起こした大逆転劇

2025年のタケットを象徴する大会を一つ選ぶなら、やはりUSオープンだろう。

大会序盤、タケットは予想外の苦戦を強いられた。

予選最初の2ラウンドを終えた時点で順位は78位

マッチプレーへ進めるのはトップ64までで、タケットはカットラインから約200ピンも遅れていた。

PBAの中でも特にタフなコンディションで争われるUSオープンで、この差は極めて大きい。

通常なら、そのまま予選敗退に終わっても不思議ではない状況だった。

しかし、ここからタケットは驚異的な巻き返しを見せる。

その後は平均約234という猛烈なペースでスコアを積み上げ、まずトップ64へ浮上。

ところが、それだけでは終わらなかった。

勢いをそのまま維持すると、最終的にはテレビ決勝へ第2シードで進出するところまで順位を引き上げた。

そして最後には大会そのものを制覇した。

78位からUSオープン王者へ。

数日前まで予選敗退の危機に立たされていた選手が、最終的にはメジャートロフィーを掲げたのである。

この逆転劇は、単純な技術力だけでは説明できない。

ボウリングでは、順位が下がれば下がるほど「取り返さなければならない」という心理が生まれる。焦りによってライン選択を誤ったり、必要以上にボールを変えたりすれば、状況はさらに悪化する。

だがタケットは崩れなかった。

一投ずつ状況を修正しながらスコアを積み重ね、最終的にはトップまで上り詰めた。

2025年USオープンは、タケットの技術、適応力、精神力のすべてが凝縮された大会だった。

 

ジェイソン・ベルモンテを破り、世界選手権3連覇

USオープンと並んで、2025年のタケットを語るうえで欠かせないのがPBAワールドチャンピオンシップだ。

タケットは同大会で優勝し、ワールドチャンピオンシップ3連覇を達成した。

ただし、このタイトルが特に象徴的だった理由は連覇記録だけではない。

決勝の相手が、ジェイソン・ベルモンテだったからだ。

長年にわたりPBAの頂点に君臨し、世界のボウリング界を代表してきたベルモンテ。両手投げスタイルを世界的に広め、多数のメジャータイトルを獲得してきた歴史的プレーヤーである。

そのベルモンテと、現在のPBAで最も安定した成績を残しているタケットが、世界選手権のタイトルマッチで激突した。

結果はタケットの勝利

そして3連覇が完成した。

これは単なる一大会の結果以上の意味を持っていた。

長年PBAの「基準」だったベルモンテと、新たな基準になりつつあるタケット。

二人が最高峰の舞台で直接対決し、タケットが勝ったことで、PBAの中心がどこへ移ったのかを象徴する試合となった。

 

WSOB全テレビ決勝進出というもう一つの偉業

タケットの2025年には、もう一つ見逃せない記録がある。

World Series of Bowlingのすべてのテレビ決勝へ進出したことだ。

資料によると、同様の記録を残した選手は2011年のショーン・ラッシュ以来だった。

WSOBでは複数の異なるイベントが行われ、それぞれレーンコンディションや戦い方が変わる。

そこで全イベントの最終テレビラウンドへ進出するためには、単純な爆発力だけでは足りない。

コンディションを読む力、投球ラインを変える判断力、使用するボールを選択する能力、そして長期間高い集中力を維持する精神力が必要になる。

年間4勝やメジャー2勝ほど派手な数字ではないかもしれない。

しかし、競技者の視点から見れば、WSOBの全テレビ決勝に残ったという事実こそ、タケットの総合力を象徴する結果の一つと言える。

 

通算27タイトル。歴代トップ10入りを果たしたタケット

2025年シーズン終了時点で、タケットのPBAツアー通算タイトル数は27勝に到達した。

これにより、PBA歴代タイトル数で10位に浮上した。

年間4勝という成績を積み上げたことで、タケットは単に「現在最強クラスの選手」というだけではなく、PBAの歴史そのものの中で評価される位置へ入ったことになる。

さらに2025年は、3年連続のPBA Player of the Yearを獲得。通算では4度目の受賞となった。

Player of the Yearは、一つの大会だけでは獲得できない。

シーズンを通して結果を出し続ける必要がある。

その賞を3年続けて手にした事実は、現在のPBAにおけるタケットの立ち位置を何よりも明確に示している。

2025年は、タケットが単なるトッププレーヤーから「時代を代表する選手」へと評価を高めた一年だった。

 

アンドリュー・アンダーソンが証明した「2018年は偶然ではなかった」

タケットが支配したシーズンでありながら、そのタケットに明確な形で対抗した選手も存在した。

アンドリュー・アンダーソンである。

アンダーソンは2018年にPBA Player of the Yearを獲得した。

当時はPBAの次代を担う存在として高く評価され、今後数多くのタイトルを積み上げていくことが期待されていた。

ところが、その後は思うように勝利数を伸ばせなかった。

テレビ決勝への進出はあっても、タイトル獲得にはなかなか結びつかない。

そのため、「2018年のシーズンは特別にうまくいっただけだったのではないか」という見方さえ生まれていた。

しかし2025年、アンダーソンはその評価を変えた。

年間2タイトルを獲得

さらに特筆すべきなのが、その2勝がいずれもEJタケットを破ってのタイトル獲得だったことだ。

 

タケットを年間2度破った唯一無二の存在感

最初の大きな勝利はネバダ・クラシックだった。

シーズンを通じて圧倒的な成績を残していたタケットとの直接対決を制し、アンダーソンが優勝。

「タケットは誰にも止められない」という雰囲気が漂うシーズンの中で、真正面から王者を倒してみせた。

そしてシーズン終盤のTour Finals。

年間トップクラスの選手が集まる重要な舞台で、アンダーソンは再びタケットと対戦した。

結果は2対0でアンダーソンの勝利

シーズンのほとんどを支配したタケットを最後に止めたのも、アンダーソンだった。

年間ランキングや総合成績ではタケットに大きく離された。

それでも直接対決では何度も勝利した。

2025年のアンダーソンは、「最強のタケットを倒せる選手」として独自の存在感を確立したのである。

 

USオープンでは第1シード。それでも最後に立ちはだかったタケット

アンダーソンの2025年シーズンは、USオープンでも非常に印象的だった。

予選からマッチプレーまで高いパフォーマンスを維持し、ステップラダー決勝には第1シードで進出した。

通常であれば、最も優勝に近い位置である。

しかし、その前に現れたのが、78位から驚異的な追い上げを見せていたタケットだった。

最終的にアンダーソンはタイトルマッチで敗れ、USオープン優勝を逃した。

この試合は2025年における二人の関係を象徴している。

シーズン全体ではタケットが圧倒していた。

だが、そのタケットを何度も直接対決で苦しめ、実際に2度タイトルマッチで倒したのがアンダーソンだった。

絶対的な王者がいるからこそ、その王者を倒せるライバルの価値も高くなる。

タケットの歴史的シーズンをさらに面白いものにした最大のライバルが、アンドリュー・アンダーソンだった。

 

20歳のイーサン・フィオレ、PBAに現れた新たなスター候補

2025年は、実績あるトップ選手だけが注目されたシーズンではない。

新世代からも、一人の若者が強烈なインパクトを残した。

イーサン・フィオレだ。

フィオレはわずか20歳でPBA Players Championshipを制覇。

しかも、これがPBAツアー初タイトルだった。

「初優勝がメジャータイトル」

これだけでも、その登場がどれほど鮮烈だったかが分かる。

資料では、アンソニー・サイモンセン、EJタケット、ノーム・デューク、マイク・オルビーらに続く、PBA史上でも特に若いメジャーチャンピオンの一人として紹介されている。

若手選手が大会で優勝すること自体はある。

しかし、メジャー大会では予選から最終ラウンドまで長期間にわたって高いパフォーマンスが求められる。

一度だけ良いゲームを投げれば勝てる大会ではない。

20歳という若さでその環境を勝ち抜いたことが、フィオレの価値をさらに高めた。

 

初テレビ出演で生まれたPBA史上最長のロールオフ

フィオレが注目されたきっかけは、Players Championshipの優勝より前にあった。

ネバダ・クラシックで行われた、EJタケットとの一戦だ。

試合は238対238で終了。

決着をつけるため、9フレームと10フレームを使ったロールオフへ突入した。

そこで両者は最大となる50ピンを記録。

それでも決着しなかったため、勝負はサドンデスへ進んだ。

すると、ここから異例の展開が始まる。

タケットもフィオレもストライクを外さない。

一投、また一投とストライクが続き、合計で13投連続のストライクとなった。

最終的には、フィオレが7番ピンを残して決着。

勝者はタケットだった。

しかし、この試合でフィオレが失ったものより、得たものの方がはるかに大きかった。

これはPBA史上最長のロールオフ

しかも驚くべきことに、フィオレにとって初めてのテレビ出演だった。

初テレビ出演。

相手は当時のPBA最強選手。

そして歴史的な長さとなったサドンデス。

通常なら緊張によって投球が崩れても不思議ではない。

それでもフィオレは何度もストライクを投げ続けた。

勝敗以上に、20歳とは思えない精神力をPBAファンへ強烈に印象づけた試合だった。

 

その1カ月後、メジャーチャンピオンへ

そして、ネバダ・クラシックの歴史的ロールオフから1カ月も経たないうちに、フィオレはPlayers Championshipの舞台へ進んだ。

タイトルマッチの相手はライアン・バーンズ。

強豪が並ぶ中、フィオレは大舞台でも落ち着いた投球を続けた。

そして勝利。

20歳でメジャー王者となった。

ネバダ・クラシックでタケットに敗れた時点では、「将来有望な若手」という評価だったかもしれない。

しかしPlayers Championship制覇によって、その評価は変わった。

フィオレは「いつか勝つかもしれない選手」ではなく、すでにPBA最高峰の大会で勝った選手になったのである。

2025年シーズンにおける最大級のブレイクスルーだった。

 

6カ国からチャンピオン誕生。PBAの国際化がさらに加速

2025年のPBAでは、アメリカ人選手だけでなく海外勢の活躍も目立った。

このシーズンには6カ国からPBAツアーチャンピオンが誕生した。

その国々は、

アメリカ、スウェーデン、フィンランド、マレーシア、シンガポール、オーストラリア。

特にWorld Series of Bowlingでは、新たな国際チャンピオンが相次いだ。

マレーシアのTun Ameerul Luqmanは、同国選手として史上初となるPBAツアータイトルを獲得。

シンガポールのDarren Ong、スウェーデンのRasmus Edvallも初タイトルを手にした。

PBAはアメリカを中心に行われるツアーである。

海外選手にとっては、単にボウリングの技術だけではなく、渡航費、滞在費、長距離移動、スケジュール調整など、多くの負担を乗り越える必要がある。

それでも世界各国から選手が集まり、実際にタイトルを獲得するケースが増えている。

これは、PBAがよりグローバルな競争の舞台へ変化していることを表している。

 

マレーシア初のPBA王者が持つ大きな意味

中でも、Tun Ameerul Luqmanの優勝は特別な意味を持つ。

マレーシア史上初のPBAツアーチャンピオンだからだ。

マレーシアは以前から国際ボウリング界で高い競争力を持ってきた国の一つだが、PBAタイトルという点では新しい歴史が刻まれた。

自国出身選手が世界最高峰のプロツアーで勝つことは、若い世代に与える影響も大きい。

過去にはオーストラリア出身のジェイソン・ベルモンテがアメリカへ渡り、PBAを代表するスーパースターへ成長した。

その成功は、アメリカ国外の選手でも世界最高峰のツアーで歴史を作れることを証明した。

2025年にアジアや欧州から新しい優勝者が続けて生まれたことは、PBAが「アメリカのプロツアー」であると同時に、「世界のトップ選手がタイトルを争う場所」へと進化していることを示す出来事だった。

 

ジェイソン・ベルモンテと、変わり始めたPBAの力関係

2025年を振り返るうえで、ジェイソン・ベルモンテを無視することはできない。

長年にわたってPBAを代表してきたベルモンテは、この年も複数の大会でチャンピオンシップラウンドへ進出した。

PBAワールドチャンピオンシップではタイトルマッチまで勝ち上がり、タケットと対戦。

しかし、242対222で敗れた。

シングルスタイトルからは遠ざかっているものの、決して競争力を失ったわけではない。

ビル・オニールと組んだRoth/Holman Doublesでは優勝しており、依然としてPBAのトップレベルで戦えることを示した。

それでも、かつてとは明確に違う点がある。

以前のベルモンテは、テレビ決勝へ進出すれば常に「最も勝ちそうな選手」と見られていた。

現在、その立場に最も近いのはタケットだ。

 

ベルモンテがかつて起こした世代交代を、今度はタケットが起こしている

2010年代、PBAでは大きな世代交代が起きた。

ピート・ウェバーやウォルター・レイ・ウィリアムズJr.といった歴史的スターが活躍する中、ベルモンテが急速に存在感を高めていった。

やがて、「PBAで最も恐れられる選手」としてベルモンテの名前が挙がるようになった。

そして2025年。

今度はタケットが、かつてベルモンテ自身が担った役割を果たしているように見える。

メジャー決勝で直接対決し、タケットが勝利。

年間成績でもタケットが圧倒。

Player of the Yearも3年連続でタケットが獲得した。

もちろん、これだけでベルモンテのキャリアが終わったわけではない。

2025年もトップクラスの舞台まで勝ち進んでおり、その実力は健在だ。

しかし、PBAの「現在の象徴」を一人選ぶのであれば、2025年はベルモンテではなくタケットだった。

ベルモンテの時代からタケットの時代へ。2025年は、その変化が最も鮮明に見えたシーズンだったと言える。

 

2025年は「EJタケット一強」だけでは語れない

ここまでの結果だけを見ると、2025年はタケット一人がすべてを支配したシーズンに思える。

実際、それは間違いではない。

だが、2025年が長く記憶されるシーズンになった理由は、それだけではない。

アンドリュー・アンダーソンは復活した。

イーサン・フィオレは20歳でメジャーチャンピオンになった。

マレーシアをはじめ複数の国から新しいPBA王者が誕生した。

そして、ジェイソン・ベルモンテとEJタケットの間で、ツアーの中心が移り変わる瞬間が見え始めた。

タケットが圧倒的に強かったからこそ、そのタケットを倒したアンダーソンの価値が高まった。

タケットと歴史的なロールオフを戦ったフィオレの存在も、より強烈な印象を残した。

ベルモンテとの世界選手権決勝も、単なる一試合ではなく「時代の変化」を感じさせるものになった。

絶対的な王者がいたことで、その周囲の物語まで大きくなった。

これこそが、2025年PBAシーズン最大の特徴だったのかもしれない。

 

2025年はPBA史の転換点として語り継がれる一年

2025年のPBAツアーを象徴する存在は、間違いなくEJタケットだった。

年間4タイトル。

メジャー2勝。

PBAワールドチャンピオンシップ3連覇。

3年連続PBA Player of the Year。

シングルイベント7大会連続の決勝テレビラウンド進出。

そして、USオープンでは78位から頂点へ上り詰める歴史的な大逆転を完成させた。

シーズン終了時には通算27タイトルに到達し、歴代トップ10入り。

数字だけを並べても、2025年がタケットのキャリアを代表するシーズンの一つだったことは明らかだ。

しかし、この一年を「EJタケットが圧倒的に強かった」で終わらせてしまうのは惜しい。

アンドリュー・アンダーソンは、年間を支配したタケットを2度タイトルマッチで破り、トッププレーヤーとしての存在感を取り戻した。

20歳のイーサン・フィオレは、初テレビ出演でPBA史上最長のロールオフを経験した直後、Players Championshipを制してメジャーチャンピオンとなった。

海外勢からも新しい王者が次々と生まれ、マレーシアからは史上初のPBAツアーチャンピオンが誕生した。

さらに、長年PBAの象徴だったジェイソン・ベルモンテとタケットの直接対決からは、ツアーの中心が新たな時代へ移りつつあることも感じられた。

王者の支配。

ライバルの復活。

新世代の登場。

世界規模で広がる競争。

そして、世代交代。

これらすべてが同時に起きたからこそ、2025年は特別だった。

単なる優勝者一覧では説明できない物語があり、PBAという競技そのものの変化が見えた一年だった。

2025年PBAツアーは、「EJタケットが支配したシーズン」であると同時に、新しいPBAの時代が始まったことを強く印象づけた歴史的なシーズンだった。

ボウラーズ・マート

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