ベリティ・クローリーが疲労骨折
USBCクイーンズで起きた異変と復帰への決意
記事に入る前に、音声による要点解説をお聞きいただくと、内容が一段と理解しやすくなります。
要点音声解説
本要点音声解説は、「The Bowling Passport」掲載の動画内容をNotebookLM を用いて生成したものです。
好調なシーズンを突然襲った右脚の痛み
女子プロボウラーのベリティ・クローリーが、右脚の疲労骨折により競技活動の中断を余儀なくされている。
クローリーは「The Bowler’s Mind Podcast」に出演し、USBCクイーンズの試合中に痛みが悪化していった経緯、医師から診断を受けた際の心境、そして復帰へ向けた現在の取り組みについて率直に語った。
USBCクイーンズは、PWBAシーズンの第3戦にあたる重要な大会だ。クローリーはシーズン開幕から安定した成績を残し、自身の投球にも確かな手応えを感じていた。両親も観戦に訪れており、本人にとっては大きな期待を抱いて臨んだ大会だった。
しかし、予選終了後に右すねへわずかな違和感を覚えると、翌日のマッチプレーでは投球を重ねるたびに痛みが増していった。当初は軽いシンスプリントのような症状だと考えていたものの、最終的には歩くことさえ難しい状態となり、大会後のX線検査で疲労骨折が判明した。
女子プロボウリングのシーズンは決して長くない。数週間の離脱であっても、年間成績や競技生活に大きな影響を及ぼす可能性がある。それでもクローリーは、今回の負傷をただの不運として受け止めるのではなく、自分の身体や競技への向き合い方を見直す機会に変えようとしている。
小さな違和感から始まった疲労骨折
予選中には異常を感じていなかった
クローリーによると、USBCクイーンズの予選を投げている間、右脚に明確な痛みはなかったという。
大会では1日5ゲームの予選が行われ、上位63人と前回優勝者が次のラウンドへ進出する。クローリーは安定した投球を続け、無事にマッチプレーへの進出を決めた。
異変に気付いたのは、予選最終日の夜だった。就寝前、右すねに普段とは異なる感覚があることに気付いたものの、その時点では強い痛みではなかった。
長時間歩いたときに感じる軽い張りや、シンスプリントの前兆に近い感覚だったため、クローリーは深刻に考えなかった。普段からよく歩き、トレーニングも続けているため、多少の疲労がたまっている程度だと思っていたという。
大会期間中に特別な運動をしたわけでもなく、歩行量を急激に増やした認識もなかった。それだけに、翌日の試合で状態が急激に悪化するとは想像していなかった。
マッチプレーを重ねるたびに増していく痛み
翌朝になっても、右すねの違和感は残っていた。
マッチプレーの第1試合では、まだ大きな問題なく投球できた。クローリーは試合にも勝利し、その時点では競技を続けられると考えていた。
しかし、第2試合に入ると痛みが徐々に強くなった。投球数が増えるにつれ、助走や踏み込みのたびに右脚への負担を感じるようになったという。
それでもクローリーは第2試合にも勝利した。好調な流れをつかみ、投球自体にも手応えがあっただけに、簡単に試合を諦めることはできなかった。
ところが、試合間の休憩中に車を運転した際、状況が通常ではないことを強く意識することになる。アクセルからブレーキへ足を移動させるだけでも痛みが出たからだ。
ボウリングの投球だけでなく、日常的な足の動きでも痛みを感じるようになったことで、クローリーは「単なる疲労ではない」と考え始めた。
第3試合では、投球を重ねるたびに症状がさらに悪化した。クローリーはこの試合に敗れたが、本人は相手の投球内容が非常に良く、自身のボール軌道も相手に及ばなかったと振り返っている。
つまり、第3試合の敗戦については負傷だけが原因ではなかった。しかし、その後に迎えた試合では、脚の状態が競技結果へ直接影響するほど深刻になっていた。
ロッカーの間の床で横になった休憩時間
第3試合に敗れたクローリーは、敗者側のトーナメントへ回ることになった。次の試合までには約1時間半から2時間の休憩があった。
通常であれば、滞在先へ戻って食事を取ったり、身体を休めたりする時間として使う。しかし、そのときのクローリーは、移動すること自体が苦痛な状態だった。
両親に対し、「どこにも行きたくない。横になりたい」と伝え、ボウリングセンター内のロッカーの間にある床へ横たわった。
母親は脚をマッサージし、クローリー自身も鎮痛剤を服用した。それでも痛みは改善しなかった。
次の試合で負ければ大会敗退となる。一方、勝てば翌日のラウンドへ進める。プロ選手として好調なシーズンを送っていたクローリーにとって、棄権を決断することは簡単ではなかった。
両親は休憩中に滞在先へ戻り、普段から持ち歩いている消炎クリームを持ってきた。クローリーはさらに鎮痛剤を使い、最後の試合に出場することを選んだ。
過去に経験したことのない痛み
クローリーはこれまでにも、競技継続を迷うような負傷を経験してきた。特に親指のトラブルでは、大会を途中棄権する可能性が出るほど症状が悪化したこともあった。
しかし、今回の右脚の痛みは、それまでの負傷とは比較にならなかったという。
マッチプレーでは、対戦相手との投球順やレーン上のマナーに従いながら競技が進む。クローリーは一度投球を終えると、次の出番までレーン周辺を歩き続けていた。
座った状態から再び立ち上がると、その瞬間に強い痛みが走ると考えたためだ。痛みが続いている状態のまま動いていたほうが、座って休んだ後に再び投球するよりも耐えやすいのではないかと考えていた。
しかし、歩き続けても症状は良くならなかった。最終的には座り込み、ふくらはぎをマッサージしながら次の投球を待つことになった。
問題は、単に痛みを我慢すれば投げられる状態ではなかったことだ。右脚をかばうことで、助走のリズム、身体の高さ、力を伝えるタイミングがすべて崩れていた。
同じ動作を再現できず、投球にも思い切りがなくなった。クローリーは最後の試合に敗れ、大会から姿を消した。
本人も、この試合結果には右脚の負傷が大きく影響したと認めている。
投球の要となる「パワーステップ」が使えない
クローリーが負傷した右脚は、投球動作の中で非常に重要な役割を担っている。
ボウリングでは、助走の終盤で身体を低くし、最後のスライドへ向けて力を生み出す。クローリーの場合、第4歩にあたる短いステップが、いわゆる「パワーステップ」だった。
理想的な投球では、このステップを短く使いながら重心を下げ、下半身の力をスライドへつなげる。上半身だけでボールを投げるのではなく、脚から生まれた力をボールへ伝えるための重要な動作だ。
しかし、クローリーは第3歩から第4歩へ移る瞬間に、鋭い痛みを感じていた。本人は、その場へ倒れ込みたいと思うほどの痛みだったと説明している。
そのため、身体を十分に低くできず、右脚を使って前方へ力を生み出すこともできなかった。
クローリーはもともと球速が非常に速いタイプではない。USBCクイーンズのレーンコンディションでは、通常よりも強く投げる必要があったが、脚を使えないことで、自分では時速12マイル程度しか出ていないように感じたという。
球速が落ちれば、ボールが曲がり始める位置やピンへ入る角度も変わる。さらに、脚をかばうことでリリース位置も不安定になり、狙ったラインへ繰り返し投球することが難しくなる。
疲労骨折の影響は、痛みだけにとどまらなかった。クローリーの投球を支える一連の動作全体が崩れていたのである。
大会後も続いた日常生活への影響
USBCクイーンズで敗退した後も、クローリーはすぐにフロリダへ戻らなかった。両親とラスベガスで数日間を過ごす予定があり、その時間を大切にしたいと考えていたからだ。
家族と一緒に過ごせたことには感謝していたものの、右脚の痛みによって行動は大きく制限された。
普段のクローリーは歩くことが好きで、旅行先でも積極的に動き回る。しかし、このときは公園や屋外施設を訪れても、自分だけベンチに座り、両親に散策してもらうことがあった。
本人にとって、「自分はここで待っているから、二人で歩いてきてほしい」と伝えることは異例だった。歩くことを自ら避けなければならない状況に、負傷の深刻さを実感したという。
車を運転する際も、右足をできるだけ動かさずに済むよう工夫した。それでも痛みは続き、日常生活の中で負傷した脚を意識せずに過ごすことはできなかった。
クローリーは毎朝、「目が覚めたら痛みが消えているのではないか」と期待していた。しかし、症状は改善しなかった。
特に不安を感じたのは、夜にベッドで横になり、脚を動かしていない状態でも痛みが続いたことだった。休んでいても痛みがあることは、通常の筋肉疲労とは異なる深刻な問題を示しているように思えた。
インターネット検索で浮かんだ「疲労骨折」の可能性
クローリーは、自分の症状をインターネットで調べた。
本人も、ネット上の情報だけで自己診断することが適切ではないと理解していた。それでも、すぐに医師へ相談できない状況では、痛みを軽くする方法や原因を知りたいと考えるのは自然なことだった。
検索結果では、単なるシンスプリントではなく、疲労骨折の可能性が繰り返し示された。
しかし、クローリーはその可能性をすぐには受け入れられなかった。ランニングやジャンプを繰り返す競技ではなく、ボウリングによって脚を骨折するというイメージを持てなかったからだ。
疲労骨折は、一度の大きな衝撃によって起きるとは限らない。小さな負荷が同じ場所へ繰り返しかかることで、骨に細かな損傷が蓄積して発生する。
ボウリングでも、助走や踏み込みを何度も繰り返し、特定の部位へ負担が集中すれば、身体に問題が起きる可能性はある。
クローリーの場合、試合での投球だけでなく、日常的なトレーニングや歩行も含め、複数の負荷が重なった可能性が考えられる。
X線検査で確認された明確な亀裂
ラスベガスでの滞在を終え、フロリダへ戻ったクローリーは医療機関を受診した。
予約の段階からX線検査を行うことは決まっていた。症状の経過や痛みの場所から、医師も疲労骨折の可能性を想定していたとみられる。
検査画像を確認した医師は、すぐに右脚の亀裂を発見した。クローリーが訴えていた痛みの原因は、画像上でも明確だった。
医師は、本人にとって望ましくない結果であることを理解しながら、疲労骨折であることを伝えた。
クローリーは当然落胆した。しかし同時に、痛みの原因がはっきりしたことへの安心もあったという。
身体の痛みを医師へ説明しても、診察時に症状が再現されず、原因が分からないまま終わることはある。今回は画像に細い亀裂がはっきりと写っていたため、自分が感じていた激痛が思い込みではないと確認できた。
悪い知らせではあったが、治療と回復へ進むためには、原因が特定されたことが最初の一歩となった。
明確な原因を特定できない不安
診断後、クローリーは医師からさまざまな質問を受けた。
最近シューズを変えたか、ランニングを始めたか、通常とは異なる運動をしたか、脚へ強い衝撃を受けたかなど、負傷につながる可能性のある出来事を確認された。
しかし、クローリーの答えはほとんどが「いいえ」だった。
試合中に転倒したわけでもなく、脚を何かにぶつけた記憶もない。急激にトレーニング量を増やした認識もなかった。
そのため、現時点では一度の外傷による骨折ではなく、継続的な負荷の蓄積によって起きたオーバーユースの可能性が高いと考えられている。
原因が明確でないことは、クローリーにとって大きな不安材料だ。何が疲労骨折を引き起こしたのか分からなければ、復帰後に何を変えれば再発を防げるのか判断しにくい。
本人は、過去の負傷によって右足首の可動域が左側より狭いことを把握している。この左右差が、歩行や投球時の身体の使い方へ影響し、右すねに負荷を集中させた可能性もある。
また、日常的に行っていたウエートベストを着用したウォーキングについても、原因の一つではないかと考えたことがあるという。
ただし、クローリーは特定の運動だけを原因と断定していない。
歩行量、ウエートベスト、足首の可動域、筋力、投球フォーム、試合数など、複数の要素が重なった可能性がある。今後は理学療法士やパーソナルトレーナーと連携し、身体の状態を総合的に見直す方針だ。
万全に準備していたからこその悔しさ
今回の負傷をクローリーが強く悔しがる理由の一つは、自分なりに十分な準備をしてきたという自負があるからだ。
本人は、競技力を高めるためにトレーニングを続け、栄養面にも気を配ってきた。健康的な生活を意識し、普段から積極的に身体を動かしている。
もちろん、さらに改善できることがあった可能性は認めている。それでも、何も準備せずにシーズンを迎えたわけではない。
女子ツアーで戦うために必要な努力を積み重ねてきたにもかかわらず、その身体に疲労骨折が起きたことが、本人にとって最も受け入れにくい部分だった。
「何か間違ったことをしたのかもしれない。しかし、それが何なのか分からない」
この状態は、選手に大きな精神的負担を与える。
それでもクローリーは、答えの出ない問いを繰り返すだけでは前へ進めないと考えている。過去の行動を責め続けるのではなく、これからできることへ意識を向けようとしている。
手応えを感じていたシーズン序盤
負傷するまでのクローリーは、今シーズンに確かな手応えを感じていた。
最初の3大会すべてで賞金圏内に入り、最高順位は7位だった。
最初の2大会では、次のラウンドへ進めるぎりぎりの順位で予選を通過した。圧倒的な成績ではなかったものの、苦しい状況でも最後まで粘り、自分にチャンスを残し続けることができていた。
クローリーは、最終順位だけではなく、そこへ至る過程を重視する選手だ。
優勝や上位進出を目指すのは当然だが、試合結果は自分だけで完全にコントロールできるものではない。対戦相手の成績、レーンコンディション、大会全体の流れなど、さまざまな要素が関係する。
そのためクローリーは、大会ごとに異なる課題を設定していた。
ある大会で投球精度が悪ければ、次の大会では再現性を高めることを目標にする。感情の波が大きければ、次は精神状態を安定させることへ意識を向ける。
試合後には自身の内容を振り返り、設定した目標を達成できたかどうかを確認していた。
負傷前の3大会については、本人が定めた目標をおおむね達成できていたという。勝敗だけでなく、成長につながる過程を積み重ねられていたからこそ、今回の離脱はより悔しいものとなった。
シーズン終了への現実的な不安
クローリーは現在、次の大会へ向けた具体的な目標を立てることができない。
まずは骨が回復し、日常生活で痛みなく歩ける状態を取り戻す必要がある。その後、トレーニングや投球練習を段階的に再開し、競技復帰への準備を進めなければならない。
女子プロボウリングのシーズンは長くない。数週間の離脱でも、出場できる大会数は大きく減る。
そのためクローリーの頭には、「今シーズンはこのまま終わってしまうのではないか」という不安がある。
復帰を急げば、骨が十分に回復する前に再び負荷をかけることになり、症状を悪化させる恐れがある。一方で慎重に休めば、今季の多くの大会を欠場する可能性が高まる。
競技へ戻りたい気持ちと、身体を守らなければならない現実。その間で、クローリーは難しい時間を過ごしている。
競技ができない時間をメンタル強化へ
クローリーは、負傷によって失ったものだけを考え続けないようにしている。
現在は、レーン上で投球技術を磨くことができない。その代わりに、メンタルゲームに関する学習や読書へ時間を使っている。
また、自身の知識や経験を他のボウラーへ伝える活動にも力を入れている。通常であれば情報発信や教育活動はオフシーズンに行うことが多い。しかし、競技に集中できない今だからこそ、別の形でボウリング界へ貢献できると考えている。
クローリーが意識しているのは、数日後や数週間後のことを考えすぎず、その日にできることへ集中することだ。
回復時期は完全にはコントロールできない。次の診察でどのような結果が出るのか、今季中に復帰できるのかも分からない。
未来の不確定な出来事ばかりを考えると、気持ちは否定的になりやすい。そこで、一日ごとに小さな行動を積み重ねる姿勢を大切にしている。
「コーヒー豆」のように環境そのものを変える
クローリーが負傷後に読んだ本の中で、特に強く心に残ったのが『The Coffee Bean』だった。
この本では、厳しい状況を熱湯に例え、その中へニンジン、卵、コーヒー豆を入れた場合の変化が描かれる。
ニンジンは最初こそ硬いが、熱湯へ入れると柔らかく弱くなる。卵は外側が壊れやすい一方、熱湯の中で内側が硬くなる。
これに対し、コーヒー豆は熱湯によって一方的に変えられるのではない。豆自身が水をコーヒーへ変え、周囲の環境そのものを変化させる。
クローリーは、この考え方を現在の負傷へ重ねている。
疲労骨折という厳しい状況に置かれたからといって、自分を弱らせる必要はない。また、苦しさによって心を閉ざし、周囲に対して硬くなる必要もない。
競技ができない時間を学習や情報発信、精神的な成長へ使うことで、負傷という出来事の意味を自ら変えることができる。
クローリーが目指しているのは、単に骨が治るのを待つことではない。復帰したときに、負傷前よりも精神的に強く、困難へ柔軟に向き合える選手になることだ。
負傷を成長の機会へ変える復帰への道
ベリティ・クローリーの疲労骨折は、好調なシーズン序盤に突然発生した。
予選中には明確な痛みがなかったものの、マッチプレーが進むにつれて症状が悪化し、最終的には助走や踏み込みを正常に行えない状態となった。
疲労骨折の原因は、現時点では明確に特定されていない。過去の負傷による右足首の可動域、日常的な歩行、トレーニング方法、試合での反復動作など、複数の要素が影響した可能性がある。
原因が分からないことは、再発防止を考えるうえで大きな不安となる。それでもクローリーは、理学療法士やトレーナーと連携しながら身体の使い方を見直し、今後の競技生活へ生かそうとしている。
復帰時期はまだ明らかになっていない。短いシーズンの中で、今季中に再び大会へ出場できるかどうかも分からない。
しかし、クローリーは負傷を理由に立ち止まり続けるのではなく、メンタル面の強化や情報発信へ取り組んでいる。
コーヒー豆が熱湯をコーヒーへ変えるように、自らの行動によって困難な環境の意味を変えようとしているのである。
今回の負傷は、クローリーにとって大きな試練であることに違いない。だが同時に、自身の身体、競技への向き合い方、そして選手としての在り方を見つめ直す機会にもなっている。
レーンへ戻る日がいつになるかは、まだ分からない。それでも、ただ元の状態へ戻るのではなく、以前よりも強い選手として復帰しようとする彼女の姿勢は、予期せぬ挫折に直面する多くの人にとっても、大きな示唆を与えるだろう。
