マーシャル・ケントが劇的優勝
難解スプリットを攻略し、PBAツアー通算9勝目

父の日に生まれた、特別なタイトル

マーシャル・ケントが「ザ・マグナム・アイスクリーム・カンパニー PBAノーム・デューク・オープン」を制し、PBAツアー通算9勝目を挙げた。

ケントはグループ別ステップラダーでリッチー・ティース、デオ・ベナードを退け、チャンピオンシップマッチへ進出。決勝では、通算17勝を誇る強豪アンソニー・サイモンセンとの激戦を2勝1敗で制した。

優勝賞金は4万ドル。今季2勝目を手にした33歳のケントは、PBA殿堂入りのタイトル数要件となる通算10勝まで、あと1勝に迫った。

今回の優勝を決定づけたのは、ストライクを重ねる攻撃力だけではない。難度の高いスプリットを次々と処理するスペア技術、左右で異なるレーンへの対応力、そして重圧のかかる場面で自らの投球を貫く精神力だった。

さらに、大会最終日は父の日。ケントは首から下げた亡き父ジムさんの認識票に触れながら、勝利を父にささげた

「今日は誰かが見守ってくれていた。父の日に勝てたなんて、信じられない」

技術と感情が交差したこの一戦は、ケントのキャリアにおいても忘れられない優勝となった。

 

二度のロールオフを制したケントの勝負強さ

ティースを圧倒したグループ1第2戦

グループ1のステップラダー初戦では、イングランドのリッチー・ティースがPBA殿堂入り選手のビル・オニールと対戦した。

ペンシルベニア州出身のオニールは、前年に続いてスティール・シティで苦しい立ち上がりとなり、ティースが246対204で勝利。ケントとの第2戦へ駒を進めた。

ケントは試合開始から5連続ストライクを記録し、一気に主導権を握った。第1アローよりも右側をまっすぐ通す直線的なラインを選択し、最後までオープンフレームを作らず、243対215で快勝した。

用具選択も独特だった。右レーンでは、通常はスペア投球に使われることが多い、曲がりの小さいリアクティブボールを使用。一方の左レーンでは、2種類のウレタンボールを使い分けた

左右のレーンで異なるボールを投げるだけでなく、それぞれの変化に応じて細かく戦術を調整する。この柔軟性が、ケントの安定したスコアにつながった。

 

予選首位ベナードとの激戦

グループ1決勝の相手は、予選を約200ピン差で首位通過したデオ・ベナードだった。

両手投げの左投げ選手であるベナードは、予選では圧倒的な得点力を見せていた。しかし、決勝が行われた別のボウリングセンターでは、レーンへの対応に苦しんだ。

ケントは第1ゲームを205対186で先取する。ところが第2ゲームでは、ベナードが終盤に立て直し、最後の4投をすべてストライク。192対186でゲームを取り返した。

1勝1敗となった勝負は、第9、第10フレームを投げるロールオフへ持ち込まれた。

ベナードは左レーンから投球を始めることを選択した。これにより、ケントはこの日苦戦していた左レーンで最後の投球を行わなければならなくなった。

ベナードがシングルピンのスペアを確実に処理する一方、ケントは右レーンでストライク。続く左レーンでも、勝負を決める2投を完璧にポケットへ運んだ。

最終スコアは59対34。苦手としていたレーンで最高の投球を見せたケントが、チャンピオンシップマッチ進出を決めた。

 

サイモンセンがタケットをストレートで撃破

グループ2では、21歳の左投げエリック・ジョーンズが、初戦でAJジョンソンを214対162で下した。

ジョーンズは中盤でシングルピンのスペアを確実に処理し、終盤には3連続ストライクを記録。安定した内容で勝利を収めた。

しかし、第2戦ではアンソニー・サイモンセンを相手にポケットを安定して突けず、198対179で敗れた。

サイモンセンは右レーンで14ポンド、左レーンで15ポンドのウレタンボールを使用。左右で重量の異なるボールを使い分ける戦略を採用した。本人によれば、14ポンドのボールのほうが大きく曲がったという。

続くグループ2決勝では、4年連続の年間最優秀選手賞を狙うEJタケットと対戦した。

第1ゲームは接戦となったが、タケットが第9フレームでスプリットからオープン。サイモンセンが207対191で先勝した。

第2ゲームでは、タケットが第3フレームの初球をガターへ落とす。続くスペア投球でも4番ピンを残し、第4フレームではスプリットを処理できなかった。さらに10番ピンのスペアも外し、序盤で大きく後退した。

サイモンセンはその隙を逃さず、195対154で勝利。2ゲームを連取し、ケントとの決勝へ進んだ。

 

2024年決勝の再戦は、サイモンセンが先勝

チャンピオンシップマッチは、先に2ゲームを獲得した選手が優勝するレース・トゥー・ツー方式で行われた。

ケントとサイモンセンは、同じ会場で開催された2024年PBAツアーファイナルのタイトルマッチでも対戦している。そのときはサイモンセンが勝利しており、ケントにとって今回は雪辱を期す一戦でもあった。

第1ゲームはサイモンセンが主導権を握った。序盤から4つのストライクを重ね、その後はシングルピンのスペアを着実に処理。終盤にも3連続ストライクを決め、244対203で先勝した。

「第1ゲームが終わってから、戦うモードに入った。負ければ終わりという状況で、精神的に集中できたことが大きかった」

後がなくなったケントは、第2ゲームで驚異的な粘りを見せる。

 

4-9、4-10、3-10をすべて攻略

第2ゲームのケントは、序盤から難しいピン配置に直面した。

第2フレームでは、4番ピンと9番ピンが残る4-9スプリット。第4フレームでは4-10スプリット。さらに第10フレームでは、狙いから外れた投球によって3-10スプリットを残した。

通常なら一度でもオープンフレームになりかねない難しい状況だったが、ケントは3つすべてを処理した。

しかも、それ以外の7投のうち6投をストライクとし、残る1フレームでも10番ピンをスペア。追い込まれながらも、スコアを崩さなかった。

唯一の不安要素は、第10フレームのフィルボールが6本カウントにとどまったことだった。サイモンセンが最後にストライクを続ければ、同点に追いつく可能性が残された。

しかし、サイモンセンの初球は厚めに入り、3-6-10が残った。第2ゲームはケントが223対210で取り返し、優勝争いは再びロールオフへ突入した。

 

「何が起きても、受け入れる」

ロールオフでケントは、自ら左レーンから始めることを選択した。

その初球は、相手に強烈な重圧をかける完璧なストライクとなった。

サイモンセンは、この日初めてリアクティブボールへ変更。しかし初球は厚く入り、4番、7番ピンを残した。スペアを取った後、左レーンでは薄めに入り5番ピンが残った。

フィルボールではストライクを決めたものの、ケントには優勝のために少なくともスペアが必要となった。

アプローチに立ったケントは、自分にこう言い聞かせた。

「何が起きても、起きるときは起きる」

結果を追い求めるのではなく、自分がコントロールできる投球動作に集中する。その言葉によって、ケントは精神的にも身体的にも解放されたという。

ストライクにならなくてもいい。スプリットが残れば、また処理すればいい。重要なのは、結果ではなく正しいプロセスを実行することだった。

そしてケントは、第1アローの外側へボールをまっすぐ走らせた。その投球は、小柄な体から正確な直線軌道を生み出した往年のノーム・デュークを思わせるものだった。

ボールはポケットをとらえ、ストライク。ケントがロールオフを42対39で制し、劇的な優勝を決めた。

 

技術、戦略、精神力が結実した通算9勝目

マーシャル・ケントの今回の優勝は、単なるツアー通算9勝目ではない。

伝説的ボウラー、ノーム・デュークの名を冠した大会で優勝したこと。2024年のタイトルマッチで敗れたサイモンセンに雪辱を果たしたこと。そして父の日に、亡き父へ勝利をささげたこと。

いくつもの意味が重なった、特別なタイトルとなった。

「タイトルを獲得できただけでも光栄だが、伝説的なノーム・デュークの名が付いた大会で再び勝てたことは、本当に名誉なこと。このトロフィーを持ち帰れることは、私にとって何物にも代えがたい」

ケントは試合後、母親や恋人、親しい友人であるEJタケット、ロニー・ラッセルらと喜びを分かち合った。

4-9、4-10、3-10という難解なスプリットを処理し、二度のロールオフを勝ち抜いた内容は、ケントの技術と精神力の充実を鮮明に示している。

PBA殿堂入りのタイトル数要件となる通算10勝まで、あと1勝。今回の劇的な勝利によって、ケントはキャリアの大きな節目を目前に捉えた。

勝負を決めたのは、派手なストライクだけではない。結果への執着を手放し、目の前の一投に集中し続けた姿勢だった。

父の日のスティール・シティで、マーシャル・ケントは自らの技術と信念を一本のストライクに込め、忘れられないタイトルを手にした。

最終順位

1. Marshall Kent, $40,000
2. Anthony Simonsen, $25,000
T-3. Deo Benard, $18,000
T-3. EJ Tackett, $18,000
T-5. Richie Teece, $13,000
T-5. Eric Jones, $13,000
T-7. AJ Johnson, $10,000
T-7. Bill O’Neill, $10,000