長く、苦しく、報われなかった年月――。
PBAツアーで華々しい活躍を見せながらも、「シングルスタイトル」というたった一つの栄光だけが、アンドリュー・アンダーソンの手からすり抜け続けてきました。
勝利を目前にしながら届かず、プレッシャーに押し潰され、敗戦の記憶に何度も心をえぐられた日々。
それでも彼はあきらめず、投げ続け、戦い続け、そして――ついにその瞬間が訪れました。

2025年、「Mike Aulby Nevada Classic」。
この歴史ある大会で、アンダーソンは2,478日という空白を埋める劇的な勝利を挙げ、自身5度目となるPBAタイトルを獲得。
それはただの“勝利”ではありませんでした。
自分自身との長い闘いに終止符を打ち、再び“勝者”としての道を歩み始める、まさにキャリア第2章の幕開けとなる一戦だったのです。

本記事では、試合後の記者会見で語られたアンダーソンの本音と涙の背景に迫りながら、彼の苦悩と覚醒の物語を丁寧に追っていきます。

■「2,300日以上、勝てない理由を考えてきた」

「おそらく、そのうちの2,300日以上は“なぜ自分は勝てないのか”を考えていたと思う」

この言葉に、アンドリュー・アンダーソンの長すぎた葛藤の歳月が凝縮されています。

プロボウラーとしてのキャリアをスタートさせた当初は、誰もが夢見る初優勝を早い段階で果たし、その勢いでタイトルを重ねていくものだと、彼自身も信じていたはずでした。しかし現実は、まったく違うものでした。

テレビの前で勝利を重ねる仲間たちの姿を、指をくわえて見つめる日々。
練習で何度もストライクを決めても、本番では結果が出ない自分。
何が足りないのか、何が間違っているのか――。

「“あと一歩”がずっと届かない。それが、何よりつらかった」

ダブルスで勝っても、チーム戦でMVPを取っても、彼の心には常に空白のような寂しさが残っていたのです。

“自分ひとりの力で勝つ”――
それがどれだけ重く、難しいことか。
そして、どれだけ尊いことか。
それを誰よりも知っていたからこそ、この勝利は言葉にできないほどの意味を持っていたのでしょう。

■ 苦いUSオープンの経験を活かし、ついに乗り越えた壁

アンドリュー・アンダーソンが2025年のUSオープンで味わった挫折は、彼のキャリアに深い影を落としました。
それは技術不足ではなく、メンタルの崩壊による敗北だったと、彼自身がはっきりと認めています。

「あのときの僕は、まるで怯えた子供のようだった」
「自分を信じることができなかった」

大舞台のプレッシャーに押し潰され、積み上げてきたはずの努力が一瞬で霧散してしまう――。
その経験は、彼に恐怖と自己不信という大きな代償を与えました。

しかし、それは同時に、今回のNevada Classicにおける勝利へと続くターニングポイントでもあったのです。

USオープンでの敗北からアンダーソンは、自分の弱さと真正面から向き合いました。そして導き出した答えは一つ――

「守っていては勝てない。攻め続けなければ、光は見えない」

その信念を胸に、彼は今回の試合で徹底してアグレッシブな攻撃型スタイルを貫きました。リスクを恐れずにラインを攻め、ストライクを重ね、1フレーム1フレームに自分のすべてを込めていったのです。

結果として、彼は“あの時の自分”とはまったく別人のような姿でレーンに立ち、冷静さと情熱を同時に携えた圧巻の投球を見せました。

「USオープンでの失敗がなければ、今日の自分はいなかった」

その言葉の通り、過去の敗北を“無駄な過去”にせず、成長の糧として昇華させた彼の姿勢は、まさに一流の証。
アンダーソンは、自分自身の弱さという最大の敵に勝ち、ようやく乗り越えるべき“壁”を超えたのです。

■ マイク・オルビーの名を冠した大会での優勝に特別な意味

2025年「Mike Aulby Nevada Classic」での優勝は、アンドリュー・アンダーソンにとって単なるタイトルの1つではありませんでした。
それは、彼にとっ“名前の重み”と向き合った勝利だったのです。

マイク・オルビー――。
PBAの歴史に燦然と名を刻む伝説のボウラー。数々のメジャータイトルを制し、その卓越したスキルと人格で今なお多くの選手から尊敬を集め続ける偉大な存在です。
そんな彼の名を冠した大会で勝つということは、ただの“優勝”ではない。その名にふさわしいボウリングを示すことが求められる、特別な場所なのです。

アンダーソンは過去、2025年のUSオープンで同じく名誉ある“グリーンジャケット”を目前にしながら、EJタケットに敗れました。
その記憶は、彼の心に深く刻まれ、長く引きずることになった悔しさの象徴でもありました。

「EJはグリーンジャケットを手に入れた。でも、僕にはこのマイク・オルビーの名が刻まれたトロフィーがある。それがどれだけ誇らしいことか、言葉にならない」

この一言に、彼の勝利への想いと、ようやく得られた“報い”の重みが詰まっています。

アンダーソンにとってこの優勝は、過去の敗北から立ち上がった証であり、同時に“ボウラーとしての矜持”を取り戻す儀式のような意味すらあったのでしょう。

「この生活は楽じゃない。でも、この瞬間のために全てを捧げてきた」

長いトンネルの先で彼を照らしてくれたのは、マイク・オルビーの名を冠したこのトロフィーでした。
彼は今、ボウリングという競技を愛し、その歴史に敬意を払いながら、新たな歴史の1ページを自らの手で書き加えたのです。

■ 嬉し涙の背景にあった「SNSの中傷」と「自己不信」

アンドリュー・アンダーソンの目からこぼれた涙は、単なる喜びの涙ではありませんでした。
そこには、深い傷と再生の物語が詰まっていたのです。

ここ数年、彼の名がPBAのタイトルシーンから遠ざかるにつれて、SNS上では厳しい声が相次ぎました。
「もう終わった選手だ」「ピークは過ぎた」
そのようなコメントを目にするたびに、心のどこかでそれを“本当かもしれない”と感じてしまう自分がいたと言います。

「今日投げる直前にも、SNSのコメントを見ていた。“信じていない人たち”の声が、逆に僕を燃やしてくれた」

彼を支えたのは、多くの人ではありません。
むしろ、ほんの数人の“信じ続けてくれた人たち”の存在でした。家族、仲間、スポンサー、そしてほんのわずかでも「まだ彼ならやれる」と信じていたファン。その人たちの想いが、心の奥底で彼を支えていたのです。

「彼らのおかげで、自分をまた信じられるようになった。それが一番大きい」

今回の勝利は、単なるタイトル獲得ではなく、自分という存在を再び肯定する“再起の証”でした。
だからこそ、彼の頬をつたった涙には、長い苦悩、戦い、そして希望が込められていたのです。

■ 激戦の直後でも冷静な戦略と集中力

今回の大会では、準決勝において史上まれに見る7フレームロールオフという激戦が繰り広げられました。その影響で試合開始が大幅に遅れたにもかかわらず、アンダーソンは決して動揺を見せませんでした。

「まるでファンのような気持ちで観ていたよ。EJとイーサンの試合は本当に素晴らしかった」

この余裕が、彼のメンタルの成熟を物語っています。かつてなら、他人の試合展開に焦り、乱れ、結果的に集中力を失っていたかもしれません。
しかし今回は、状況を逆に“整える時間”として活用し、さらに自分をリセットして冷静に構えることができていたのです。

「彼らは感情を揺さぶられていたけど、僕は静かに自分を整えることができた。だから1球たりとも無駄にできないと思っていた」

実際、彼は試合開始直後からフロント6（6連続ストライク）を決め、試合を圧倒的なリズムで支配しました。この冷静さと計算された準備力は、まさに勝者のメンタリティそのものでした。

■ キャリア第2章へ、確かな一歩

この日の勝利で、アンドリュー・アンダーソンは通算5つ目のPBAタイトルを手にしました。
彼はそれを“一区切り”ではなく、“新たな始まり”として捉えています。

「これは僕のキャリア第2章の始まり。この先、もう一度勝ちを積み上げていきたい」

プロボウラーとして活動する中で、多くの選手が通る“伸び悩み”や“周囲の期待と現実のギャップ”。
アンダーソンもその壁にぶつかりながら、今こうして自分の手で道を切り開きました。

「最初は1勝できればいいと思っていた。それが2勝、3勝と重ねて、気づけば“自分は歴史に名を残せるのかもしれない”と思えるようになった」

彼は今、単に勝利を目指すのではなく、PBAの歴史に名を刻むことを意識し始めています。
「Player of the Yearを若くして取った」過去の輝きだけではなく、これから何を成し遂げるのか。それが問われるフェーズに来たのです。

「これからは“定期的に勝てる選手”に戻っていきたい。Hall of Fameの候補になれるように、自分の道を歩いていきたい」

アンドリュー・アンダーソンの新たな航海は、ここから本格的に始まるのです。

■ まとめ：アンダーソンの再覚醒に注目！

アンドリュー・アンダーソンは、この「Mike Aulby Nevada Classic」で、ただトロフィーを掲げたのではありません。
彼が手にしたのは、2,478日という長い沈黙の果てに掴み取った“再生の証”でした。

一時は心が折れかけ、SNSの批判に苦しみ、自分を信じることすらできなかった――。
しかし、そんな彼を支えたのは、ごくわずかな“信じ続けてくれた人たち”と、どんなに苦しくても努力をやめなかった自分自身でした。

勝てない日々が続いたからこそ、この1勝の価値は計り知れません。
それは単なる数字や記録を超えた、人間としての誇りと、プロとしての矜持を取り戻す瞬間だったのです。

彼は言います。

「これはキャリアの第2章の始まりに過ぎない。これから、また勝っていきたい」

その言葉には、過去への決別と、未来への希望が力強く宿っていました。
これからのアンダーソンは、“期待の若手”でも“伸び悩んだ中堅”でもありません。
逆境を乗り越え、自らの力で再びレーンの中心に立った、本物の勝者なのです。

どんな競技でも、再起できる者は強い。
そして、それを見せてくれる選手こそが、人の心を動かし、物語を作ります。

2025年、アンドリュー・アンダーソンという男の物語は、新たな章を迎えました。
これからPBAツアーで彼がどんな戦いを見せてくれるのか――その姿から、目が離せません。