
PWBA殿堂入り2025
マリアンヌ・ディルーポとリズ・ジョンソン、女子ボウリング界の頂点へ
女子プロボウリング界の偉人たちが栄誉に輝く
2025年5月14日、ネバダ州ラスベガスにあるサンコースト・ホテル&カジノにて、プロフェッショナル・ウィメンズ・ボウリング協会(PWBA)の殿堂入りセレモニーが盛大に開催されました。今年、新たに「パフォーマンス部門」でその名を刻んだのは、ノースカロライナ州のマリアンヌ・ディルーポ氏と、ニューヨーク州出身のリズ・ジョンソン氏の2名です。
女子ボウリングの発展と進化に多大な貢献をしてきた二人の功績が讃えられ、式典の会場には多くのファン、関係者、現役選手たちが駆けつけました。キャリアの中で積み重ねてきた勝利、努力、そして逆境との戦い――それぞれの人生が語られるひとときは、ボウリングという競技の奥深さと感動を再認識させるものでした。
二人のレジェンドが歩んだ栄光の道
マリアンヌ・ディルーポ:冷静な勝負師が歩んだ苦難と栄光の道
ディルーポ氏は1992年に「PWBAルーキー・オブ・ザ・イヤー」に輝いた後、翌年1993年の「エボナイト・スリーリバーズ・オープン」で早くも初優勝。その後も着実に成績を伸ばし、計8つのタイトルを獲得。その中には、以下の3つのメジャータイトルも含まれます。
1997年 ハンマープレイヤーズ選手権
2002年 ミラー・ハイライフ・ナショナルプレイヤーズ選手権
2004年 USBCクイーンズ
ディルーポ氏にとって、特に2004年のUSBCクイーンズでの優勝は忘れられないものとなりました。大会中、母親が首の手術を受けるという試練に直面しながらも、冷静な集中力と精神力で勝利を掴み取った彼女は、優勝を母親に捧げました。
「プロのアスリートには誰しも逆境があります。それを乗り越えられる者こそが成功する。あの時の勝利は、言葉では言い表せないほど大切なものでした」と語っています。
競技を離れた今でも、ディルーポ氏はボウリング界への情熱を失うことなく、後進の育成やコーチングを通じて競技に貢献しています。彼女の存在は、競技者だけでなく、未来の選手たちにとってのロールモデルとなっています。
リズ・ジョンソン:不屈の精神で時代を超えた名手
リズ・ジョンソン氏は、女子ボウリング界の歴史の中でも最も成功を収めた選手の一人と広く評価されています。プロとしてのキャリアでは、実に25個のタイトルを獲得。そのうち10個がメジャータイトルという輝かしい戦績を誇ります。
ジョンソン氏は19歳でPWBAツアーに初参加し、すぐに実力を示しました。しかし、当時のルールでは「Team USA」所属選手がプロとして大会に出場することができず、彼女は一時的にツアーから離れることを余儀なくされました。
その後、代表チームを離れて再びプロツアーに復帰したジョンソン氏は、1996年の「レディース&レジェンズ」で初優勝。同年の「U.S.ウィメンズ・オープン」では第4シードから決勝戦まで勝ち進み、なんとディルーポ氏を破って初のメジャータイトルを獲得。この瞬間が、彼女の長いキャリアの出発点となりました。
「その時、自分がこの舞台にふさわしいと感じました。すべてが始まった瞬間でした」と回顧しています。
2003年、PWBAツアーが突如として中断され、ジョンソン氏のキャリアの最盛期が宙に浮く形となりました。彼女は友人のプロショップで働きながらもボウリングへの情熱を失わず、男子のPBAツアーに参戦。女性選手として初めてPBAツアーのテレビ放送試合に登場し、勝利するという歴史的快挙を成し遂げました。
そして2015年、PWBAツアーが12年ぶりに復活。ジョンソン氏は再び表舞台へと戻り、「USBCクイーンズ」「U.S.ウィメンズ・オープン」「PWBAデトロイトオープン」で3冠を達成。年間最優秀選手賞(Player of the Year)にも輝き、2016年・2017年と連続受賞。最後のタイトルは2021年で、これにより歴代4位タイに並ぶ偉業を成し遂げました。
「あの空白の12年間があったからこそ、今競技ができることのありがたみを深く感じています」と語る彼女の言葉は、現役選手たちへの大きなメッセージとも言えるでしょう。
競技を超えて語り継がれる存在へ
PWBA殿堂入りは、単なる名誉ではありません。それは、選手としての実績、競技への貢献、そして人としての深みをも備えた人物にのみ与えられる栄光です。
2025年現在、PWBA殿堂のメンバーは以下の通りです:
パフォーマンス部門:31名
パイオニア部門:10名
功労者(ビルダー)部門:9名
アンバサダー部門:1名
今回新たに加わったディルーポ氏とジョンソン氏は、そのどちらも「技術」「精神力」「人間性」において多くの人々に影響を与えてきた存在です。彼女たちの軌跡は、未来の選手たちへの希望と道しるべとなり、女子プロボウリング界の未来をより明るく照らすことでしょう。
彼女たちの名は、これからもPWBAの歴史と共に、永遠に語り継がれていくことになります。