プロになる理由、それは“勝ちたい”から——Liz Kuhlkinの挑戦
光と影を抱えながら、レーンの先を見続ける人
プロボウリングの世界には、華やかなタイトルや記録の裏で、静かに、しかし確実に“自分との闘い”を続けている選手がいます。
Liz Kuhlkin(リズ・クーキン)も、そんな一人。
彼女の名前を知っている人なら、まず思い浮かべるのは2018年、US女子オープンでの劇的な優勝シーンかもしれません。
グリーンジャケットに袖を通し、涙ながらに家族へ感謝を語るその姿は、まさに「夢の頂点」に立った選手の姿でした。
しかし、Lizの物語はその一瞬の栄光だけで語られるものではありません。
彼女は、ジュニア時代から全米トップの称号を手にした“天才型”ではなく、努力と修正を重ねながら着実に成長してきた“泥臭い進化型”の選手。
名門・ネブラスカ大学への進学、厳しいトレーニング、そしてプロとしての道を選ぶまでには、数え切れないほどの「挫折」と「葛藤」がありました。
「私は、ただ勝ちたい。それだけ。」
この言葉に込められた想いは、彼女のキャリアのすべてを象徴しています。
一時的な成功に甘えることなく、スランプを経てなお前を向き続け、どんな状況でも“勝ちにいく姿勢”を忘れない。
そんなLiz Kuhlkinの歩んできた道のりは、同じように何かに挑むすべての人に、静かな勇気を与えてくれます。
本記事では、インタビュー映像「Behind the Pin Deck」で語られた彼女の人生をたどりながら、成功と苦悩、成長と覚醒の軌跡を丁寧に紐解いていきます。
■ 無名の17歳が挑んだ、ネブラスカ大学の扉
Liz Kuhlkinは、決して“ジュニア界のスーパースター”として注目を集める存在ではありませんでした。確かに、ジュニア時代には高いアベレージを記録し、実力はありましたが、全米ジュニアゴールドやマスターズといったタイトルとは無縁。だからこそ、ネブラスカ大学に進学した当初、自分がチームの中でどこまで通用するのか、不安もあったといいます。
「ただ、ボウリングがしたかった。全米王者じゃなかったけど、私は私のままで挑戦したかった。」
名門ネブラスカ大学のチームは、全米屈指の強豪。そんな環境に飛び込んだ17歳のLizは、すぐに現実を突きつけられます。フォームやスイングの欠点をビデオで洗い出され、繰り返される技術的な修正の日々。特にコーチのBill StraubとPaul Klempaの厳しくも的確な指導により、Lizは自分自身と真正面から向き合うことになります。
初年度から出場機会はあったものの、レギュラーとして定着するには並々ならぬ努力が必要でした。練習後もビデオチェックを繰り返し、毎日のように自分の投球とにらめっこ。フォームの改善、精神的なタフさ、チーム内でのポジション争い…あらゆる面で試される日々が続きました。
「でも、毎年少しずつ成長していった。1年目より2年目、2年目より3年目。自分で自分を超えていく実感があった。」
やがて彼女は、チームのアンカーという最も重責を担うポジションを任されるようになります。それは、4年生を差し置いての抜擢であり、プレッシャーと自信が背中合わせの瞬間でした。
そしてついに最終学年、Lizは全米の頂点に立ち、「NCAA D1年間最優秀選手」に選出されます。憧れだったShannon PluhowskyやLindsay Boomershineと並んで、「プレイヤー・オブ・ザ・イヤー・ウォール」に名前が刻まれることになったのです。
「16歳の時に見ていた“エルモの靴下”の彼女と、今の私が並んでる。それが本当に夢みたいだった。」
■ 予定されていた法学の道を捨て、プロの世界へ
大学卒業を控えたLizには、既にもう一つのキャリアプランが用意されていました。それは、ニューヨーク州立大学オールバニー校のロースクール(法科大学院)に進学し、刑事弁護士になる道。成績も優秀で、彼女には十分にその資格がありました。
「私は犯罪心理学に興味があって、被害者を守る側の人間になりたかった。」
ところが、2015年――まさに彼女が大学を卒業するそのタイミングで、長らく休止していたPWBA(Professional Women’s Bowling Association)ツアーの復活が発表されます。
これは、彼女の人生を大きく変える出来事でした。
「迷いは、正直なかった。“プロになれるチャンス”がそこにあるなら、行くしかないと思った。」
2015年、Lizは卒業式を終えたその足で、荷物を車に詰めてネブラスカからウィスコンシン州グリーンベイへ向かいます。目指すは、プロとしての初陣「Queens」トーナメント。そこで彼女は、いきなりテレビ決勝進出という快挙を達成。華々しいプロキャリアの幕開けとなりました。
「あの瞬間、これが私の進むべき道なんだって確信した。」
もともと決めていた「法曹の道」は封印されましたが、それを後悔することは一度もなかったと言います。なぜならその時の彼女は、全身全霊で“ボウリングという人生”に賭けていたからです。
■ 若き才能の限界、そして「現実」の壁
大学時代に数々のタイトルを手にし、プロ転向後すぐにクイーンズでのテレビ決勝進出を果たしたLizは、誰もが“次代のスター”と期待する存在でした。大学での成功、全米D1年間最優秀選手、そしてプロ初年度での好成績――すべてが「この先も順風満帆にいくだろう」という自信に繋がっていました。
「正直、私は勝てると思ってた。若かったし、ずっと勝ち続けられると思ってた。」
しかし、現実はそう甘くありませんでした。初期の成功が逆にプレッシャーとなり、思うように結果が出ない時期に入っていきます。彼女はその理由をこう振り返ります。
「当時の私は、自然な才能に頼りすぎていた。練習の量も質も落ちていたし、身体のケアも甘かった。」
プロの舞台では、1つのタイトルを取るだけでも難しい。ツアーで毎週のように上位に食い込むには、才能だけでなく、徹底した準備と継続的な努力が求められます。
Lizはやがて、試合での精彩を欠き、予選敗退やカットライン落ちを繰り返すように。レーンを後にするたび、自分に対する不甲斐なさが増していったといいます。
「私は“勝てるはずの人間”だったのに、勝てない。そのギャップに苦しんだ。」
かつて“才能の塊”として活躍していた彼女が、「ただの出場選手」になってしまったような感覚。それは、プロという世界がいかに過酷で、容赦のないものかを突きつける現実でもありました。
■ COVID-19を経て、覚悟を持った再始動
そんなLizにとって、大きな転機となったのが2020年のCOVID-19パンデミックでした。ツアーの中止。練習機会の激減。全世界の選手たちが足を止めざるを得ない状況の中で、彼女は改めて自分自身と向き合うことになります。
「ツアーが止まって、初めて“このままでいいのか”って本気で考えた。」
プロとして中途半端な成績を続けることに対する危機感。これまでの自分を超えるために必要なのは、技術でも戦略でもなく、「覚悟」そのものだったのです。
「私はもう、“出場するだけ”では満足できない。“勝ちにいく選手”にならなきゃ意味がない。」
ツアーが再開された後、Lizは変わっていました。練習の質を見直し、食生活やフィジカルトレーニングも含めた自己管理に本気で取り組むようになったのです。
「練習すれば勝てる」ではなく、「勝つために、練習する」という意識の変化。
「私は靴ひもを結ぶ時、『勝つために』結んでいる。」
もう、ただ存在しているだけの選手ではいられない。毎週のトーナメントで優勝争いに絡む存在になること、それが彼女の目標となりました。
「“カットに入れた”で満足していた自分には、もう戻りたくない。」
こうしてLizは、自身の才能に依存せず、“本物のプロ”として再始動を果たしたのです。
■ 栄光の頂点——2018年 US女子オープン制覇
2018年、Liz Kuhlkinは一人のプロボウラーとして、そして一人のアスリートとして、大きな夢を叶える瞬間を迎えます。
それは、US女子オープンでの初優勝――彼女にとって、そして多くのボウラーにとっても、“特別な栄冠”です。
US女子オープンは、他のメジャー大会と比べても群を抜いて厳しい戦い。連日続く長時間の試合、高い難易度のオイルパターン、精神力・体力・技術、すべてを問われる過酷な舞台です。
「USオープンで優勝する。それは、全てのプロボウラーの“憧れ”であり“使命”でもある。」
大会期間中、Lizは波のある展開を見せながらも、勝負どころで必ずストライクを決める集中力を発揮。特に決勝ラウンドでは、冷静さと大胆さが見事に融合した投球が光りました。
重く張り詰めた空気の中、Lizがラストショットを投げた瞬間――10本のピンが完璧に弾け飛び、勝利が確定したその瞬間、彼女は両手を天に突き上げ、涙をこらえながら言いました。
「ありがとう、ママとパパ。信じてくれてありがとう。私は、やったよ。」
彼女が掲げたグリーンジャケットは、ただの勝利の証ではなく、過去の努力、苦悩、挫折、そして再起の物語を象徴する一着でした。
「他のタイトルも大切。でも、USオープンの優勝だけは、何年経っても色褪せない。」
その瞬間から、Liz Kuhlkinは「USオープンチャンピオン」として、ボウリング界の歴史に名を刻みました。
それは彼女にとって、“プロで生きていくこと”の意味を改めて噛みしめる瞬間でもあったのです。
■ 「私は、週ごとに勝つ選手になる。」
US女子オープン優勝という大きな夢を叶えた後、Lizにとって新たな課題が生まれました。
それは「その先にどう在るべきか」という問いです。
「タイトルを取った。それは確かにうれしかった。でも、それで終わりにはしたくなかった。」
一発屋で終わらない。年間通じて、どんなコンディションでも勝ちに絡む選手でいたい。“毎週勝ちにいく選手”という存在になる――それが彼女の次なる目標となりました。
しかし、その道は決して簡単ではありませんでした。プロの世界では、毎週のように“勝ちたい”と願う選手が集まり、しのぎを削っています。勝てるのは1人、残りはすべて“敗者”です。
「私はもう、“参加できてうれしい”なんて言っていられない。私は勝ちたい。常に勝ちたい。」
Lizは自らに課す基準を大きく引き上げました。
フォームの見直し、練習量の増加、食事・睡眠・フィジカルの徹底管理。全ては、“週ごとに勝てる選手”になるための投資でした。
そして何よりも彼女が変えたのは、「自分への期待値」です。
「私が一番、自分に期待している。それが他の誰よりも強い。」
たとえ成績が伸び悩む週があっても、次の週にすぐ切り替え、また“勝つための準備”を怠らない。プロとしての姿勢を根底から再構築したLizは、再びツアーでの安定したパフォーマンスを見せ始めました。
「もう“カットラインに入れた”では満足できない。“優勝争いに絡んで当然”の自分になりたい。」
週ごとの結果に一喜一憂するのではなく、年間を通じて勝ちにいく選手。
それが、彼女が目指す“本物のプロボウラー”の姿なのです。
■ おわりに:勝ちたい理由が、私をプロにする
Liz Kuhlkinの物語は、一人のアスリートのサクセスストーリーであると同時に、「勝つこととは何か」を問い続けた自己探求の記録でもあります。
名門ネブラスカ大学への挑戦から始まり、プロへの転向、そしてUS女子オープン制覇――そのすべてが輝かしい成果として語られますが、彼女のキャリアは決して“順調”なだけではありませんでした。
むしろ彼女は、何度も現実の壁にぶつかり、才能に頼りすぎたことへの後悔や、自分自身への失望、他者との比較による苦しみを経て、それでもなお“勝ちたい”というシンプルで強い思いに立ち返ってきました。
「私は、自分がどんな選手でありたいかを、自分で決める。」
この言葉には、周囲の期待に振り回されることなく、自分の価値基準で自分を評価し、磨き続けてきた彼女の芯の強さがにじんでいます。
特に、COVID-19という誰もが立ち止まらざるを得なかった時期に、Lizは“なぜ自分はプロでいるのか”を徹底的に問い直し、その答えを出した上で新しいステージの扉を開いたのです。
「私は、週ごとに勝つ選手になる。ただ出場するだけの自分には、もう戻らない。」
この言葉が、今の彼女のすべてを表しています。
彼女にとって勝利とは、ただタイトルを積み重ねることではなく、「毎週勝ちにいく姿勢を貫くこと」。
そして、それができる自分でい続けることが、本当の意味で“プロである”ことなのだと、身をもって示しています。
ボウリングという競技は、ピンを倒すだけでなく、「自分自身に何度でも挑む」スポーツです。
Liz Kuhlkinは、それを誰よりも誠実に体現している一人。
彼女の姿勢は、競技の世界に限らず、どんな挑戦をしている人にとっても大きな励みになるはずです。
「一度勝って終わりじゃない。勝ちたい理由がある限り、私は前に進む。」
これからも、Liz Kuhlkinはレーンの先にある“もう一つの勝利”を見つめながら、投げ続けていくでしょう。